01.はじめに アンコールとは「都」と言う意味

アンコール都城と寺院の旅
はじめに アンコールとは「都」と言う意味 注:写真集と同内容ですが文を詳細にしています
アンコールは寺院遺跡と思いがちです、実際王様は神になることを努力し国民もまたそう願ったようで(神王思想)、多くの寺院が造られました。
一般建物は木造で残らず寺院は煉瓦や石で残る、従ってアンコールは一見寺院遺跡群、お寺ばっかり残る奈良や京都が本当は「羅城」だったのと同じ、「アンコール」は「都」という意味で「京都」と思えばいいでしょうか、というわけで「都城」であるアンコールを見てきました。
日本の奈良時代末に始るアンコール朝はインドのヒンズー教の影響が濃いのですが、全盛期である日本の鎌倉時代初期の数十年だけは仏教を採用しました(今は再び仏教国です)、全盛期の領域はマレー
半島の南半分からタイ・ラオス全土やベトナム南部に広がりました、しかし日本の南北朝頃を境にタイやベトナムにおされ急激に衰退。
観光は場所順に見ますがここでは歴史順に報告します、下に特徴を幾つか列挙します。
  1. その都は低いクーレン山がヒマラヤ、細いシェムリアップ川をガンジス河に見立てたこの地が選ばれたともいう
  2. まず巨大貯水池(宗教上の大洋と潅漑を兼ねる)を造り都城の中心に寺院を造る
  3. 寺院はメール山(須彌山)思想から山上に基壇を重ね中心に塔を構築しかし真っ平らな地方で見渡して「プノン」(=山、丘)が三つしかないそこで平地に基壇をピラミッド状に構築し中心に塔を造った、最大のものがアンコール・ワット(=都の寺)で高さ65米にもなる
  4. 寺院には幅広い濠があるが沐浴施設を兼ね、浅く全周に階段がある
  5. 王は神になる努力をし民もそう願った、世襲王より権力奪取王が主だった
  6. 最後の都城アンコール・トム(=都・大きな)だけは堀に加え城壁を持つ
  7. 一見浮彫文化に見えるが立像は他国や首都の博物館に行ってしまい、そう見えるだけ
  8. ヒンズー教に仏教も融合しているが仏像は仏陀と観音が主で、他の像や浮彫(男女神像、神獣鳥像等)は全てヒンズー教由来と思うと解りやすい
カンボジア航空機からメコン河殆ど平、国境以外は山も丘程度