02.アンコールの前の都(現ロリュオス遺跡群)ハリハラーラヤ都城

アンコール都城と寺院の旅
アンコールの前の都(現ロリュオス遺跡群)ハリハラーラヤ都城
カンボジアには紀元頃から「扶南」(ぷなん=プノン=山)という国がインドと中国の中継地として栄えた、
やがて6世紀後半属国のカンブージャ(太陽の子カンブの末裔を意味、中国名で真臘=チュンラ)が力をつける、

真臘は7世紀に扶南にとって代わるが分裂を繰り返し外の
勢力下に入る、

9世紀初め水の真臘国のジャヤヴァルマン2世(在位802-854) が統一独立を果たした、(注:以下王名後ろの年数は在位)

彼はクーレン山に都を置き(バルヴァータの都)ヒンズー教を元にした神王思想で統一を果たしたが晩年都を現在のロリュオスにあるハリハラーラヤ都城に遷した、

彼の甥である次の次の王インドラヴァルマン1世(877-889) はこの地最初の巨大貯水池(バライ)であるインドラタターカを造り、最初のピラミッド型寺院バコンを建立した、

その子ヤショーバルマン1世(889-900)が十数キロ程離れた現アンコールへ遷都(ヤショダラブラ都城)するまで続く、京都前の奈良と思うといい。
最初のピラミッド型寺院バコン↑ハリハラーラヤ都城の中心寺院
貯水池の中心の島の寺院ロレイ。現在の最下段は当時水際→

←ロレイにある石柱ここに水を注ぐと四方の石樋から島の四方の池に流れ雨を乞う、アンコールの遺跡は全て宗教思想・儀式と融合している 


貯水池中央のロレイ寺院から出た所の国道六号線は築堤跡の上を走っている
(遺跡群の各寺院バコン,ロレイ,プレア・コーは別項)