09.来島城 その1

しまなみ海道・水軍の城を訪ねて
来島城 その1
海賊・水軍・海城
現在「海賊」という言葉は宝島の横縞シャツのお兄さんたちさします、し
かし本来の「海賊」という言葉は海の秩序を守る海の武士団のことでした。
海賊という言葉が宝島の横縞シャツのお兄さんたちにイメージ変化した今
「海賊」=「水軍」と呼ばれます、本来水軍は海賊が陸の勢力に雇われたと
きに限っていうのだそうですが、ここでは一般呼称の水軍と書きます。
瀬戸内と村上水軍
海に囲まれた日本では近年まで物流の主力は海でした、また都が永いこと
京都でしたし経済の中心が大坂でしたから瀬戸内海は最も重要な物流地域
でした、その瀬戸内に潮流の厳しい海峡即ち瀬戸が幾つも横並びになって
団子状に連らなっているところがあります、そこが「しまなみ」即ち芸予
諸島です。ここを本拠地に瀬戸内海の制海権を握り戦国末期に最大の勢力
となったのが「村上水軍」です、しかし秀吉の全国統一とともに瀬戸内制
海権が崩壊します。
来島村上氏の来島城
今回、三島村上氏の海を堀・潮流を石垣に見立てた海城を訪問しましたが
この来島村上氏の本拠地来島城もそのひとつです、今治市の波止浜港から
定期船がでています。人家のないところは竹が茂り曲輪もわかりずらいの
ですがすこしづつ保存運動が進展していると聞きます、過疎化がすすみ傷
んでいますがべんがら格子の立派な民家(今なら修復も可能だと思う)も
往時の盛んな頃をしのばせます。