01.はじめに

しまなみ海道・水軍の城を訪ねて
はじめに
現在「海賊」という言葉は海の悪さをする集団を意味します、しかし本来の「海賊」は海の秩序を守る海の武士団
のことで「水軍」は陸の勢力に専属もしくは雇われたときの海賊に限るそうですが、ここでは現在における海賊の
意味変化から一般の人が呼ぶ水軍(本当は海賊ノ統一します。h.に統一します。

海に囲まれた日本では近年まで物流の主力は海でした、また都が永いこと京都でした、従って瀬戸内海はもっとも重要な物流地域でした、その中程に急流の瀬戸が団子状になっているところがあります。そこが「しまなみ」即ち
芸予諸島です。ここを本拠に瀬戸内を握り戦国時代末期に最大の勢力となったのが村上水軍です、この三島村上氏の潮流を堀・石垣に見立てた「海城」を巡ったレポートです。
因島から始めると次々に来島まで行けます(地図中の青字をクリックするとその頁へ行けます)
尾道と今治を結ぶ「しまなみ海道」はまさ
しく村上水軍の「海の城」をめぐる道です。

◎因島村上氏は因島の青陰山城まで幾つか
 城を移す。
◎能島村上氏の能島は伯方島大島間の90度
 に曲り船も折る船折瀬戸にある。
◎来島村上氏の来島は大島と今治間の狂い
 潮が語源という来島海峡にある。
◎甘崎城は大三島と伯方島間の船の鼻と鼻
 を繰る程狭い鼻栗瀬戸の城で、白村江の
 戦頃まで遡る最古の海城。