02.因島水軍城

しまなみ海道・水軍の城を訪ねて
因島水軍城
最初に芸予諸島全体を勢力下においたのは小早川氏である、鎌倉期に東国から来て安芸の名門沼田(ぬた)水軍の
本拠地・現在の三原に本拠をおき急速に海を支配していった小早川氏は、南北朝期に芸予を南下しはじめて室町の
前半には伊予の河野氏が一時弱体化したこともあって今治まで達した、しかし室町後半になり河野氏も立ち直り、
三島村上氏が次第に力をつけてくると芸予からは退きます。
次第に北上し因島に勢力をおよぼしてきた村上氏が因島で小早川の勢力と交代するのは1500年頃と見られていま
す、因島村上氏も最初は海城にいましたがやがて因島を治めると小領主的性格ももち青陰山城に本拠をおきます。
小早川と隣接していたこともあり三島村上氏の中では一番毛利と近く秀吉の統一後は毛利氏の下に入り屋代島で
毛利舟手組として維新まで続きます。        全ての写真はクリックすると拡大します
https://plus.google.com/u/0/photos/104403803135207386325/albums/6101894580458459841/6101894582588438530?pid=6101894582588438530&oid=104403803135207386325https://plus.google.com/u/0/photos/104403803135207386325/albums/6101894580458459841/6101894788202812658?pid=6101894788202812658&oid=104403803135207386325
青陰山城
遠景の三つ子山が
本当の因島水軍城
因島水軍城
安宅舟の天守を
模した模擬天守
この青陰山城が見える島内の小さな盆地にある金蓮寺に
「因島水軍城」という模擬天守がありました、水軍大将
が乗る安宅船の船上の天守とも言うべき櫓をイメージし
たもので、そう見れば納得の容姿です。残念ながらここ
から海は見えませんでした。 中には水軍の資料が展示
してあり、金蓮寺には因島村上水軍の墓を島内の各地か
ら集めてきた因島村上氏墓地があります。
因島村上氏は北上し因島を領有するまでに本拠を幾つか
移してきました、三島村上氏では小早川氏に近く、もっ
とも陸の領主化したとも言われま
す、その本城青陰山城は海の見える山城の感があります。
「因島水軍城」から見た青陰山城本当の因島水軍城で三つ
の山の真ん中が本郭です、ここからは島の南北がほぼ見渡
せるそうです。