03.その3 角牟礼城

角牟礼城・久留嶋陣屋
その3 角牟礼城 全ての写真はクリックで拡大
豊後森は深耶馬渓も近く石が豊富に採れるのかそれとも石へのこだわりでしょうか、石垣だけでなく庭園にも神社
にも石が豊富に使われています。なかでも道路の敷石は見事です、森藩は別府湾に飛地の湊を持っていましたがこ
の辻間村の湊まで自衛隊の演習場になっている日出生台高原を延々と殿様用の石敷きの道がつづいていたと、米軍
がだいぶ撤去したようですが今も残っているそうです(辻間村は後述)。久留嶋陣屋の脇の旭谷から角牟礼城に登
りますがここの家々は下のような石垣をもっています武家屋敷の名残とか。次の頁へ行く 
末廣神社石垣
旭谷武家屋敷
栖鳳楼石垣
石畳の道
https://plus.google.com/u/0/photos/104403803135207386325/albums/6101899196944861537/6101899197362592562?pid=6101899197362592562&oid=104403803135207386325
https://plus.google.com/u/0/photos/104403803135207386325/albums/6101899196944861537/6101899222531884978?pid=6101899222531884978&oid=104403803135207386325https://plus.google.com/u/0/photos/104403803135207386325/albums/6101899196944861537/6101899258853106514?pid=6101899258853106514&oid=104403803135207386325
https://plus.google.com/u/0/photos/104403803135207386325/albums/6101899196944861537/6101899217119839362?pid=6101899217119839362&oid=104403803135207386325
さて毛利高政が築いた角牟礼城、久留嶋陣屋の背後に聳える角埋山は、比高250米とは
いえこの地方独特の切り株のような火山性地形の山で頂上が平なわりに登りは急です(タ
クシーで三の丸まで帰途徒歩が賢明)、上から見る玖珠の谷と久住連山は登りのきつさを
一気に吹き飛ばしてしまう風景、そしてすばらしい遺構が、角牟礼城は造ってすぐに眠っ
た織豊期の城です。三の丸の小さな石垣に続いて伝搦手の美しい石垣があります、伝搦手
の石垣は左に石垣山一夜城の井戸曲輪を小規模にしたような石垣(余談ですがこのような
井戸は一夜城の他に中城城や大給城で確認されます)に連続していますから規模が大きく
下からもよく見えます。伝大手の高い石垣は足場がわるく下からは見えないのも残念です。
二の丸から本丸までは平坦なちょっとしたハイキング路で途中の展望台からの風景は最高。
角牟礼城伝搦手の石垣
https://plus.google.com/u/0/photos/104403803135207386325/albums/6101899196944861537/6101899230163076226?pid=6101899230163076226&oid=104403803135207386325