02.今回の旅の目的

韓国の城と古都を巡る旅 はじめに1
今回の旅の目的
1998年1998福岡の大野城と岡山の鬼ノ城を訪ねる機会がありました、共に「朝鮮式山城」と呼ばれる7世紀頃に造られた城で、百済国が滅びたとき当時の大和国が百済の助けをうけて軍をだし白村江で唐と新羅の連合軍にやぶれました、このとき唐軍が追って来るという情報分析の元に対馬から近畿まで瀬戸内海沿いに「朝鮮式山城」を築き都を大津に移したりしました、この一つが大野城で水城や基肄城とともに太宰府をまもっていました。
ところが、岡山の鬼ノ城へ行きますと同じ「朝鮮式山城」と言えど少し雰囲気が異なっているのです、ご案内いただいた古代吉備埋蔵物文化センター葛原克人所長に教えていただきますと、
どうも大和の国と違い吉備の国は百済ではない系統の築城技術(加耶←新羅←高句麗系)ではないかということです。そして、公山城と三年山城へ行くと違いがわかりますすよと教えていただきまして、飛鳥時代即ち大和朝廷が日本国を名乗る頃の文化や政治に大きな影響を与えた百済や新羅の古都を訪ねながらながらこの二つの城にいきました。また折角ですから肥前名護屋城を訪れ、博多港から高速船で釜山港に行き代表的な倭城にも寄ってきました。